秋がやってくる

2010/08/28 (土) 17:31:01
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「まるで秋が来たら、蝉が全部死んじゃうみたいな言い方だね」
「まあな。」
「うん。だいたいあってるよ。その頃には大体の蝉が寿命を迎えるよね」

そう言った後、少女は蝉を見るのを辞めて、コチラの顔を覗き込む。

「でも、突然どうしたの? 今頃になれば、蝉の仏様なんてありふれたものじゃない?」

コクンと首が動く。相槌。
そして自分も蝉を見ることを辞めて顔をそちらへ向ける。

「まあそうなんだけど、でもさ。コレってバトンタッチしてない? スプレー……コー、ル? だっけ?」
「……シュプレヒコールね。私じゃなかったら絶対伝わってないよ、それ。……でも、何の?」

視線は、また蝉に流れていく。……蟻だ。

「世の中素晴らしい、生きてることってすばらしい、そのまんまだろ?」

くすり、優しく笑って彼女は、片手を真上に上げて言った。

「生きてることって素晴らしい! 生きてることって素晴らしい!」

確かに。きっと蟻達もそう思っているに違いない。

「まあ、バトンを渡された俺達がするそれっつうのは、そんな感じなんだろうな」

「うーん、やってて思ったんだけれどね、私たちはこの形でいいかもしれないけれど、多分秋の音楽隊は、シュプレヒコール、あまりお気に召さないんじゃないかな?」

そうなれば、バトンタッチのタイミングで台詞は歌にされたに違いない。
そう思っていると彼女は、大仰に腕を振るって歌いだした。

「生きてる今が素晴らしい! 生きている今が素晴らしい!」

わざわざそれを掻き消しに来たのか、けたたましいエンジン音が目の前を通り過ぎていった。

「うん、そんな感じだろ」

よく聞こえなかったから適当な返事だったのに、彼女はやけに満足気だ。

「でさ、さっき私と一緒に歌っていたのは誰でしょう? 不特定多数を形容する言葉じゃだめだよ。必ずその中の、どれか一つに絞ってね」
「そりゃあ勿論……」

つまらないとわかっているのに止まらない口が言い放つ。

「車のエンジン音、だろうなぁ……」

それを聞いて、身も蓋もないねとはんば呆れ返りながら彼女は応答してみせた。

日が暮れてくると歌いだす、彼らの寂しげな歌は確かに。
確かにその時、車の出す音にかき消されていたのだ。
だがしかし、さっきの答えが野暮だったことに変わりはない。
だからごめんと謝って、その次に彼女の口から出るであろう言葉に、期待をしてみる事にした。

この時期歌をうたうであろう虫達は、実のところたくさんいるのだ。
だから意地悪問題としてコレが成立するわけだが、しかし。
不思議とその言葉は、自分が思い描く言葉とちゃんと一致していて――

「「鈴虫」 」

「やっぱりね、秋って感じするよなぁ。鈴虫」
「そうだね、秋って感じがするよねぇ。鈴虫」

蝉に取り付く蟻がいつの間にか増えている。この調子ならもう時期移動を開始するだろう。
その様を見つめながら、彼女がポロリと言葉をこぼした。

「家でごはんを食べるときに一人ぼっちでも。遊んだ帰り、みんなと別れて一人になっても。
 この子とその仲間たちが賑やかにしてくれたから、そんな時も寂しくなかった。
 この子とその仲間たちが賑やかにしてくれたから、明日も楽しいことがあればいいなって思えることが出来た。
 この子とその仲間たちが賑やかにしてくれたから、だから頑張れた………のかもしれないね!」

「そうだな、そうだったらいいな」

心の底からそう思った。だから自然と口から言葉が漏れた。
秋の風物詩と呼ばれている彼等は、この子とその仲間たちから、しっかり歌の意味を受け継ぐことが出来たようだ。
“生きることの素晴らしさ”を訴え続けた彼等に捧げる、“生きている今の素晴らしさ”を伝えるための鎮魂歌。
それをバッグミュージックにしてあいつは、たくさんの蟻に群がられて今、運ばれようとしていた。

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