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・・・・・・。

2010/11/09 (火) 00:06:50
前回の記事でもかいたとおり、星を眺めることにこっている私だ。

今日の空は曇っていて、星はうっすらとしか見えなかった。

前回の記事で書いたか知らぬところだが、私が唯一知っているのはオリオン座で、それが見えるか否かで空模様を判断している。

とまあ、アチラコチラから低能の匂いが漂ってしまっているが、これが私の全てだろう。

つい見栄を張りたくなってしまうけれど、そういうのは現実だけでいいと思うし、極論を言うならば、そんな事をする機会がなければいいなと思う。


と、考えるようになったのも、今日友人から教えてもらったレイモンド・チャンドラーの小説の一節が心に尾を引いているからだ。

「からいばりはよしてもらおう。自信があるんなら強がりをいうことはない。強がりをいわなければならないようなら、ぼくと張りあっても勝ち目はない」

ありのままを話す気概があってこそ向き合えるものがある、というと意味はズレるかも知れない。

私は小説自体を読んでいないから、前後の文章で作られる意味を解していない。

だからこそなのだが、
「例え力があったとしても空威張りするような人間じゃ、とても張り合えないだろう」
という意味に聞こえてくる。

過大評価も過小評価もしない、輝かしい自信とそれに裏付けされた実力。

均衡したそれらを持つ人間は、他の人と比べてしまえば力がないという事実を紳士に受け止められるはずだし、それをバネにして前に進むことができるはず。

そういう人に対して人間は「素直」だと言うのではないかと思う。

とすれば、私はどんなにひねくれている事か。


今日、ちょっとしたテストみたいなものがあった。

資料を持参して、テスト中にでもそれの確認が許されていたのだが、私は何一つ手荷物持たず受けることにした。

頭に何かが入っているわけでもないのにそんな事をしたのだから、勿論思いつくはずのない空欄の穴を睨みつけてうんうん唸るぐらいしかやることがなかった。

そんな時、呆れた先生が自分の持っていた資料を私に貸して下さり、あろうことか助言までしてくれた。

おかげで半分ぐらい問題を解くことが出来たのだが、ふとある考えが頭をよぎったのだ。

「こんなことをされてまで私は点数を取りたくない」

この考えに相槌をうつ寸前のところで、レイモンド・チャンドラーの小説の例の台詞を思い出した。

ある程度厳格な形を取りたいからテストなのだろうけれど、今回はその教室にいる先生がルールのようなものだ。

確かに自分のプライドもあるだろうが、その自分についている力とは如何程のものか?

こんなことをしなくちゃ答えられない問題を前に、先生に教わってさっさと答えてしまうのと、考えてるふりを30分間続けることと、どちらが本当に恥ずかしいだろうかと考えさせられた。


とまあここまで書いてみたが、悩みのレベルが低すぎてお話にならない。

何故だが自分でも笑えてきた。

蓋を開けてみれば(少なくとも、私からは蓋がしてあるように見えた)、なんてことはない小心者、それが私ではないか。

そんな細かいことを考えている暇があったら、やることの一つや二つ、終わらせてみたらどうだろうか。

と、私は自身に提案する。

そのやることを乗り越えれば、そのプライドに見合うことはないだろうが、実力はつくのではないだろうか。


もう夜遅い。

話はいくらでもできそうだが、これにて終いとさせていただこうと思う。

それでは、また気が向いたときにでも。
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