アメイジング・スパイダーマン感想

2012/08/28 (火) 04:08:53
えっと、観てから数日経ってしまっているのであんまり覚えていないのですが、それでも1000円払って観て思うことがあったので記事にしようと思います。
ネタバレ全開で行きますので、ダメな人はバック、おねがいしますね……。






まず「アメイジング・スパイダーマン」のテーマをひとことで言い表すなら、「業」だったのではないかと自分は思います。
良い事をすれば良い事が起こるし、悪い事をすれば悪い事が起きるといったアレです。

何故そう思ったかといえばやはり、「橋での子供を救出したシーン」が「子供の親がクレーンを使ってスパイダーマンの道を作るシーン」に繋がったあの演出、あれがとても印象深かったからでしょう。

その他にも、「喧嘩を止めさせようとした事」が「ヒロインに惚れられる(?)事」に繋がったり、「危険人物と化した博士をヒロイン父に止めてもらおうとした行動」が「ヒロイン父が博士を止める為に指示するシーン」に繋がったり、「悩める博士の為に数式を教えた事」が紆余曲折を経て「ビルから落ちるスパイダーマンを救う右腕」になったりと、良いことは良い事に繋がっていきます。

勿論悪い事は悪い事を呼ぶわけで、「盗人からジュースを貰って知らぬ顔」をすれば「ベンおじさんが盗人に殺され」ますし、「悪者をいたぶるのを楽しん」でいれば「警察に標的にされる」など、もっと細かくあったはずですが、自分はちょっと覚えていないですね。

し、しかし、この見方はかなりの欠陥をはらんでおり、例えば「ヒロイン父がピーターを見逃すシーン」から、何故か「ヒロイン父が死ぬシーン」に繋がっていきます。立場的に見逃してはならなかったから死ぬほどの罪を背負ってしまったのか、もっと他に要因があったのかはわかりませんが。
他にも様々な展開が、この論では説明しきれないような要素をはらんでいて、書いてるこっちも「違うだろうな」という気持ちになるのですが、とにかく。

ミもフタもない事を言えば、この「業」の存在というのはただ単に作品の合理化の為の処理ともいえるというか、まさにそれなんだろうと思います。
作品という車を走らせる為に、小さいパーツが連鎖的に駆動してゆき大きな力を生み出すような、その為の合理化。
なんだとは思うのですが、何よりも自分が観て感じたのはこの「業」の存在だったのです。


ここからは大分話がそれていきます。
「業」というシステムは現実世界でも度々見ることができると思います。
例えば「会社に遅刻した」として、すると「会社をクビになる」、といったようなものです。
実際では見る角度によって、良い事であるか悪い事であるかは簡単に入れ替わってしまいますし、一概にどちらとも言えないような事例も存在すると思います。

しかしこの「アメイジング・スパイダーマン」では、その「業」が大体わかりやすく作用しており、その中で主人公のピーターは真っ当な人間へと成長してゆくのです。
正しい事をすれば良い事が起こり、悪い事をすれば辛い事が起こるなら、誰もが正しい事をしたいと考えるようになるはずです(現実だと、悪い事をしてもそれなりにリターンが来る場合もあります)。

そういう世界観を作品として世の中に出していく事は、それを観た人々に「正しいことをすると良い」というメッセージを伝えるツールになるわけで、特にスパイダーマンは「ヒーロー」であり、「ヒーロー」とは人々の見本、尊敬するべき存在なのですから、「アメイジング・スパイダーマン」で業がわかりやすく働いていくという事は非常に重要なことなのではないかと思います。


という事で、冒頭では「アメイジング・スパイダーマン」のテーマが「業」であるなんて書いてしまいましたが、これは自分の主観でしたね。
ただ、こういう見方で当作品を観てみると「いい事してみようかな」とちょっと思ったりするんじゃないかなぁと思います。
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