死にたいのであれば死ねばいい!

2010/09/14 (火) 23:34:50
学校にいると退屈で死にそうになる!
私が知りたいことを教えてもらえていないわけではない。
それどころか、泥を飲めと言いつけられても従いたくなるような、そんな物乞いのような気持ちで私は学校に立っている。

いや、それは“べき”なのかもしれない。
事実私は退屈なのだ! 恐ろしいほどに! 退屈! 退屈! 退屈!
私が今日サティスファクションしたのはデュエルの時と最後の水泳の授業だったらしい体育だけだ!

私はこの学校に入学して気がついた。

「やる気の問題」

と言う言葉の意味である。
皆様は知っておられるだろうか? 
多分分かっていなかったのは私だけだと思う。

私は“独学ではわからない範囲”について考えてこの学校に入学することを決めたものだ。
されども、向こう側から教えようとしてくる事は、何か的を得ないもので形作られているように、入学当初の私は感じた。
今思い返せば、確かに“独学ではわからない範囲”を教えてくれているわけではなかった。
各プログラムの導入、列車に乗り込むための切符のようなものを渡された、そっちの方が印象としては近い。

それは、“昔かじった程度”のHTMLの学習の時に理解できた。

「このようなものは、自分だけの力だって理解することができよう」

つまり、意欲があれば一人で学んでいける範囲内なのである。

では何故先生達が付いている学校にわざわざ通う必要があるのか?
就職率が高いから、なんて言われればそれでおしまいだろうが、私と同じかに来る人々は果たして最初から最後までその判断でこの科を選んだのか?
うちの学校でも一番就職率が低いことはまさか知っていたであろう。

では何故?

それは簡単である。
皆志は一つなのだ。
この科で学べることを生かした職につきたい、その足がかりにしたいと考えている。
そしてその仕事に付くために、その会社の“欲しい”と思える条件を満たせるような技術は一体なんなのか?
それを学校の中で学んでいくのかも知れない。

私はそんな事はない、と言い切れる自信はないのだが、無いのだが、それでもそれらの人々と少し違ったかも知れない。

ただ、ホームページを作る技術を磨きたかった。
そうすれば、もっとそれを楽しむことが出来る。
あわよくばそれを職にしても良いかも知れない。

それぐらいの心意気だった。
はじめから目標は定まているのに、肝心の努力するべき過程を学校に任せてみる気だった。
結果、ホームページ作成なんて二の次な我校の体裁に、勝手に呆れる私が誕生したのである。
そして、笑える話ではないのだが、ニヤリとしてしまう私が居る。
勿論自身への嘲笑である。

今度向かおうとしている学校も、また私が同じような態度だったら……。
まさに、愚の骨頂でである。

結局手に持ったオールは、自力で漕いでいくしかない。
別に自分のやりたい事以外、ないがしろにしても構わないのだ。
ただ、やりたい事はやりたいなりにしっかり努力して、それでも出来なかったら、学校にいるプロフェッショナルに相談すればいいだけなのである。
先生はそのためにいるのだろう。

提供されるとありがたみを失ってしまうのなら、学校へ行かない方がいいだろう。
ただもう既に今の私は、自らまた何かに興味を持って始めるほど、エネルギーを余らしては居ない。
別に何かに注いでいるわけではない。
あまり使わないから、小さな容器と交換されてしまた。
それだけなのである。
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